松尾研の全ての活動の起点である基礎研究。
本インタビューでは、松尾豊教授の松尾研の基礎研究に対する思いを前編・後編に分けてお届けします。
後編では、研究に従事される方向けに松尾研基礎研究チームが掲げるビジョン、本研究室だからこそできることについてお伝えします。
前編に続き、ぜひご覧ください。
「知能を創る」ことへの挑戦
前編で「エコシステムを創る」という松尾研全体のビジョンをご共有しましたが、基礎研究チームでは「知能を創る」ことをビジョンに掲げ日夜研究を進めています。
特に注力している領域は、Deep Learningです。
特に、知能の研究において次の重要な柱になる世界モデルとなります。
人間は、赤ちゃんの頃から誰しも、あるいは人間に限らず犬もサルも、頭の中にシミュレータを持っています。「自分は今部屋の中にいて、この入口を出たら階段があるな」とか「チームメンバーにこんなことを言ったら怒られるから言うのはよそう」とか、自分が見る・聞く・触る情報の中から潜在的な情報を見つけだし、予測をすることでより良い未来に繋がるような行動を選ぶことができます。
しかし、今のAIやロボットにはそれができません。ほとんどの実装において、ある事象に対してうまく反応する仕組みは学習できても、自分の周りに何があって、あるアクションを取るとその次にどうなるのかを予測することがAI・ロボットにはできないのです。
裏を返すと、現実世界をシミュレートする世界モデルという技術が確立されれば、AIは様々な行動ができるようになります。今は難しい完全な自動運転の実現はもちろん、言語の世界での意味理解も実現が可能です。そこには、大規模な自己教師あり学習と呼ばれる技術が必要ですし、新しいアーキテクチャも必要になります。
松尾研は、Deep Learningの技術のなかでも、この世界モデルという技術を確立することを、世界のどこよりも先に実現したいと考えています。
人間の「想像」にあたる現実の世界をシミュレートする技術が世界モデル(World Models)
個人としての研究の根本的な動機である知的好奇心のお話をすると、私は知能とは何かを知りたいのです。
工業製品には仕様書があります。設計者がいて、設計図があります。
ところが、人間にはその全容を説明する仕様書がありません。
身体については、主要なところは分かっていますよね。心臓は血液を送るポンプであるし、肺によって酸素と二酸化炭素が交換されます。個々の臓器や血管、神経、それを構成する細胞などについても、多くが分かっています。人間の身体の仕組みが見事にできていることに驚嘆することはあっても、人間の身体がなぜこのような動作をするかについて謎だと思うことはないでしょう。
ところが、知能の仕組み、つまり脳の構造やその機能については、その大まかな仕組みすらまだ良くわかっていません。もちろん脳に関しての部分的な知見はたくさんありますが、そもそもどういう仕組みによって、我々がこのような認識をもっているのか、学習できるのか、言葉をしゃべれるのか、意識をもっているのかなど、謎だらけなのです。
つまり、こうして考えている私自身のことを私達はよく分かっていないのです。
自分はこの世界に存在していると思っているけど、それって本当?
私は今どういう仕組みで話している?
その原理って何?・・・って面白いし、気になりませんか?
私はこれを解き明かし、人間の知能という仕組みを解明したいと思っています。
松尾研の基礎研究チームだからこそできること
前編でお話しした通り、松尾研はエコシステムを創ることにチャレンジしており、松尾研自体が国の研究費に依存しない経営をしています。
だからこそ、自分たちが本当に推進すべきと信じる挑戦的な研究を大きなハードルなく進めることができるのです。
基礎研究だけでなく、社会にとって必要な活動も同様です。自分たちが重要だと信じる活動を進めることができます。
松尾研の講義チームは全14講座、単年での受講者が3,000~4,000人(2022年10月現在)という大規模な講義の運営をしています。仮にこの講義を国の事業予算で開講・運営しようとすると、提案書を書き、成果やプロセスをある程度提示し、事業採択をしてもらわなければなりません。
しかし、ここまで大規模で先進的な内容の講義を実現するには、不確実要素が多すぎます。
とにかくやってみて、PDCAを回していくことでしか、実現は難しいと思います。
自分たちの意思決定で、「社会にとって大事だからやろう」とスピード感を持って取り組めることは松尾研ならではの環境です。
松尾研で企画・提供する講義の受講生数推移
企業との共同研究で技術の社会実装を進め、しっかり価値提供をした上で、自分たちがやるべきと信じる基礎研究や人材育成にリソースを投入するという構造が松尾研でははっきりしています。
社会にとって良いことをストレートにできる、これが松尾研の良さだと私は思います。
日本には長期的・俯瞰的視野にたてば、本来、活かすべき潜在的な価値がたくさん眠っています。
それを掘り起こすため、自分たちが重要だと思う活動ができる松尾研の立ち位置は、今後さらに活きてくると思っています。
これからの時代、研究者にも新しいタイプの方がどんどん増えていくはずです。
明らかにアカデミアだけで研究を進めることに閉塞感が生まれつつある。
個人の研究スキルだけで戦うことは難しく、それを社会に繋げる力を持っている研究者が活躍する世界が来ると考えています。松尾研ではそのような世界を間近で見ることができますし、これは研究者の皆さんのキャリア形成の面でも大変有意義な機会だと思っています。
これからジョインいただく方へのメッセージ
このような環境で、「知能を創りたい」「知能を解明したい」という思いを持っている方と共に研究をしたいです。
知能の研究は細分化ではなく統合に近い取り組みのため、Deep Learningの特定の理論だけに興味がある、論文を書きたいから研究をするということだけではなく、大局的な視野を持って研究にあたる志のある方が松尾研には向いていると思います。
新しいことを生み出していきたいという情熱を持ちながら、最新のDeep Learningの研究を進められている方に是非ともお会いしたいです。
Deep Learningの領域ではまだまだ革新的な技術が出てきて、今後もびっくりするような大きな進展が次々と起こるはずです。
そのような大きな流れを、松尾研からも作りだしていきたいです。
おそらく客観的に見ても松尾研は面白い環境ではないかと思います。
深く知れば知るほど、従来のアカデミアのイメージが大きく変わるかもしれません。
今後も大きな変化をたくさん起こしていきたいと思っています。
ぜひ一緒に、知能を解明し、社会を良くしていきましょう。
【プロフィール】
松尾 豊(まつお・ゆたか)
1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業
2002年 同大学院博士課程修了.博士(工学).同年より,産業技術総合研究所研究員
2005年8月よりスタンフォード大学客員研究員
2007年10月より,東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻 准教授
2014年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グローバル消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授。
2019年より、東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授。
2002年 人工知能学会論文賞、2007年 情報処理学会 長尾真記念特別賞受賞。
人工知能学会では2012年〜14年 編集委員長、2014年~18年 倫理委員長、2020年~22年 理事。
2017年より日本ディープラーニング協会理事長。
2019年よりソフトバンクグループ社外取締役。
2021年より新しい資本主義実現会議 有識者構成員。
専門は,人工知能、深層学習、Webマイニング。
http://ymatsuo.com/japanese/