松尾研では「知能を創る」というビジョンを掲げ、研究を進めています。
前半では、知能を創る上で重要な研究テーマとなる「世界モデル」についてお伝えしました。後半である本記事では、松尾研の特任助教である鈴木雅大さんに、松尾研の研究環境やご自身の思いについてお伺いしました。(鈴木さんのインタビューは、前・後編の2回でお届けいたします。前編はこちら)
<知能を創る>という答えのない問い。多様な意見が議論の発展を促す。
ー 実際の研究環境についてお伺いしたいのですが、研究を推進する上での松尾研らしさとは何ですか?
基礎研究側からみた松尾研らしさは、なんといっても「<知能を創る>という情熱」と「多様性」です。
前者に関しては、松尾先生を含め、「知能を実現するためにどうすればいいか」を自由かつ真剣に議論できるところがとても特徴的です。人工知能系の研究をやる場合は、何か解くべき課題を見つけて、それについて取り組むという形が多いので、これは松尾研らしさと言えます。
後者に関しては、同じような考え方を持った人ばかりだと多様性が生まれないので 、異なる考えを受け入れることをとても重視していると思います。「知能を創る」ことへの情熱や世界モデルに対しての考え方など、根幹で共通してはいるものの、実は細かいところでは個々の意見が異なることも多々ありますし、時に松尾先生と意見が異なることもあります。
一般的な研究室だと、教授の示す方向に合わせる形で研究するか、あるいは完全にそれぞれが別々のことを研究するかに分かれることが多いです。ですが、松尾研では色々な考え方がありつつもこれが大事だという根幹の部分が共通しているという点で、結構珍しい研究室なのではないか?と思いますね。
ーなぜ松尾研の研究環境として多様性を重視しているのでしょう?
「知能がどうすれば実現できるのか」 という問いに、現時点で確実な答えがないからです。
知能を実現するための方法はまだ誰にもわからないので、メンバーで意見が完全に一致することは多くありません。ただ、そういった異なる意見が、議論の発展を促すのです。
これは同時に、人工知能という領域全体に当てはまる部分でもあります。例えば、自然科学の領域では世界がどのようになっているのかということがこれまでの研究の蓄積でかなり解き明かされているので、それをさらに発展させて「正解」に向かって研究を進めばいいんです。
でも、人工知能の領域では、人間のような知能を実現するということを達成した人はいないので、現在研究が進んでいる方向性が正しいのかは誰にもわかりませんし、知能について様々な考え方がある中で、どれが合っているのかを現在の我々が判断することはできません(※)。
そうした意味では、権威のある人の意見が必ずしも正しいとは限らないので、年配の研究者の方が若い研究者にリスペクトを持っているなと感じることも多いです。我々も当然、他の研究者の方々にリスペクトを持って研究を進めています。そういった風土を見ると、割とリベラルでいい研究領域だなと思っていますね。
※ 厳密には知能も自然現象の一つなので「正解」があるはずです。しかし、それを解き明かすためには他の自然科学と同様に、仮説を立ててその仮説が正しいかを検証をする必要があります。これまで知能についての様々な仮説が考えられてきましたが、検証までできているものは殆どありません。理由としては、こうした知能仮説を検証する方法がこれまでになかったからです。近年の深層学習や世界モデルの発展によって、ようやく知能を創ることで知能を知るという「構成論的アプローチ」を取ることができるようになりました。そうした意味では、知能を解き明かす試みはようやく始まったところといえます。
「ロボットの実現には、まず知能が必要だ。」 人工知能研究へのこだわりの原点。
ー なぜ鈴木さんは「知能を創る」というビジョンに共感したのでしょう?
私自身が「人工知能を実現する」ということに強いこだわりを持っているからです。
私は元々ロボットに興味があったのですが、「知能を実現したい」と思った大きな転換点がありました。それは高校生の頃に二足歩行ロボットの動画を見たことです。
その動画ではロボットが「簡単に階段を降りられます」と言いながら、思いっきり階段を踏み外して転んでいて。転んでいるのにそのまま喋り続けている姿を見て衝撃を受けました。スタッフの人は それを見てすごく慌てて片付けようとしているけど、ロボットはずっと喋っているという。見た目はすごく人らしく歩いてるのに、頭はこんなに出来てないんだなと思いました。
これを見た時に「ロボットの頭、つまり人工知能を先にやるべきじゃないのか」と思い、大学(学部・修士時代は北海道大学に所属)では人工知能の研究をするために情報系の学科に入りました。
ー 鈴木さんは人工知能研究の中でも、どのような点に関心を持って取り組まれているのですか?
今、人工知能を実現する上で、私が興味を持っているのが「統合」です。
これまでの研究で、それぞれの機能や学習については十分にできているのですが、それらをどのように統合してより良い知能を創発するのかということに興味があります。
統合自体の重要性は様々な場面で語られることが多いですが、「実際に機能する形で動かすために、どのように統合するか」という重要な点は見落とされがちです。最近の基盤モデルなどにおいては、もはや全て学習することが困難になってきています。そうした学習された知識を他のモデルの知識とどのように組み合わせ、より良い知能を作っていくのかという研究をしていきたいと思っています。
先行研究をベースに、それぞれの方法でアプローチを模索する。
ー具体的にどう研究を進めていますか?
まずは、ベースとなる先行研究を探すことから始まります。
具体的な課題を見つけて解決していくにせよ、「こうあるべきだ」という仮説をベースに研究を進めるにせよ、様々な論文を読んでいく。
人工知能系の研究にしても自然科学系の研究にしても、先人たちの知識の蓄積である先行研究は非常に重要です。特に人工知能系の研究では、知能について完全にゼロから作り上げるというのは、よほどの天才でないと不可能です。ですので、基本的には先行研究を踏まえることが求められます。論文をたくさん読みなさいと言われますし、我々もその方針で進めていますね。
あるいは、前述したように、知能を実現する最適解はわからないので、もしかしたら先行研究とは大きく異なる方向性が必要になることもあるかもしれません。その場合でも、先行研究とどの点が違うのかを明らかにする必要があるので、やはり論文をたくさん読むことは重要です。
ーベースとなる論文を決めた後は、どう進めているのですか?
一番多いのは、ある分野で取られている手法を別の研究分野にも応用してみるというアプローチです。ただ応用をしても必ず課題 が 発生するので、それを解きながら試行錯誤をしていく。
あとは、元々設定されている問題設定が単純すぎるとか、こういった問題点を考慮していないという点があれば、「こうするべきだ」と新しい手法を提案したり。そんな感じで研究を進めることが多い です。
ただ、最初に「多様性」と申し上げましたが、松尾研内でもアプローチ方法は様々です。
私は「知能とはこうあるべき」という、ある種の哲学的なものからスタートする研究が比較的多い です。でも、松尾研の他の研究者だと、具体的な問題設定をしながら研究していくタイプもいます。繰り返しになりますが、結局「知能とは?」というところがそもそも誰にも分からないので、色々な解き方があるんですね。
ー研究室内でディスカッションする時間はありますか?
研究室内の定例のミーティングとは別に、他のメンバーと定期的にディスカッションの時間を設けています。別々の研究を進めている中でも、「僕はこう思っているんだ」という研究の思想や抽象度が高い話をしながら考えを深めると共に、相手の意見を取り入れて改善 していくことができています。
2018年頃の写真、自席でメンバーとディスカッション。
松尾研では壁面ホワイトボードが各部屋に導入されています。
学生指導も柔軟に。今年はR. Sutton氏の教科書を翻訳。
ー具体的に年間を通してどのような動きをしているのですか?
研究以外だと、論文執筆や講義運営、本の執筆、学生指導等があります。
松尾研が出しているAI系・ML系の国際会議は、AAAI、IJCAI、ICML、NeurIPS、ICLR等があります。締切がある9~10月頃と1~2月頃は忙しいことが多いですね。
また、講義運営では「DeepLearning基礎講座」や「世界モデルと知能」など様々な講義を開講しているため、その準備をすることもあります。
本の執筆も行っており、単著や共著、翻訳含め数冊書いています。最近はR. Sutton氏の「強化学習」の翻訳本を出版しました。
鈴木さんが監訳・分担翻訳を担当した、R. Sutton氏著「強化学習(第2版)」
学生指導では、各グループに分かれて自分の担当学生をメインで指導していきます。
ただ、グループとして完全に囲い込むわけではなく、研究によって他の研究者に見てもらえるようにしたり、その辺りは流動的になるように意識しています。
学生指導でグループ制を取ることは他の研究室でもありますが、流動的で大丈夫、というのは松尾研っぽい感じがしますね。学生にとって一番大事なことは業績が出ることなので、研究室内で色々な人と関わり合えるような工夫をしています。
ーそれぞれの割合はどうなっているのですか?
大体研究が5割、講義と学生指導で5割という感じです。ただ、先述の通り時期によってやることが変わってくるので、その場合には割合が変動することもありますね。
研究内容に制約のない松尾研の研究環境へ。
ー博士課程を卒業後、なぜ松尾研に残ることを決めたのですか?
卒業の際は、他にもお声がけいただいた先がいくつかあったので、正直めちゃくちゃ迷いました。
ただ、結局やりたいことができるところがどこかを考えた時に、「知能を実現する」ということを本気で考えているのは松尾研だと思いましたし、それを実現するための環境や設備も整っていると感じています。
ー鈴木さんは2015年に松尾研に所属してから、今年で7年目ですね。長く松尾研で研究を続けている理由は、どんなところにありますか?
目指すものの方向性が近いことと、具体的な研究内容に関しては制約がないことが大きいです。
先ほど申し上げた通り、多様性があるところが松尾研の良いところで 、そういった自由さを認めてくれるので。
ー松尾研において、変わったことや変わらないことはありますか?
松尾先生のやる気や情熱は変わらないですね。 本当にすごいと思います。
変わったことでいくと、研究室の規模やできることの範囲がどんどん大きくなっていることでしょうか。ただ、根本的に大きく変わった感じはしません。やり方においては変化はあるとは感じますが、根本の「知能を実現したい」という思いやそこにかける情熱は研究室全体としてもあまり変わってない気がしますね。
2022年度 人工知能学会全国大会オーガナイズドセッション「世界モデルと知能」でオーガナイザーを担当
写真はオーガナイズドセッションの座長を担当して他の講演者の発表を聞いている様子
既存の議論をブレークスルーするような、異なる意見を歓迎したい。
ーどんな人と働きたいですか?
多様性の実現という観点で、逆に今松尾研が進めていることに対して「この方法は違うんじゃないか」「こんなやり方もあるんじゃないか」と思う人に入って欲しいですよね。そういう方としても、実際に入ってもらうといろいろと議論できる環境があるので楽しいと思います。知能の実現への共感が前提としてありますが、そういった違う考え方と持つ方と是非いろいろ議論していきたいです。
松尾研では、「知能を創る」というビジョンの実現に向けて本気で取り組みたいと考える、研究者の方をお待ちしております。少しでもご興味のある方は是非、カジュアル面談でお話しましょう。
<プロフィール>
鈴木雅大 / 東京大学松尾研究室 特任助教
経歴
- 2015年3月 北海道大学情報科学研究科修了
- 2018年3月 東京大学工学系研究科修了
- 2018年4月〜2020年7月 東京大学工学系研究科特任研究員
- 2020年8月〜東京大学工学系研究科特任助教
- その他兼業︓株式会社デンソー技術アドバイザー,立命館大学客員研究員
専門分野
- 転移学習・深層生成モデル・マルチモーダル学習
受賞歴
- 情報処理学会論文賞,情報処理学会論文誌ジャーナル特選論文,
- 人工知能学会全国大会学生奨励賞,WBAI奨励賞,
- 東京大学工学系研究科⻑賞(研究)など.
その他の活動
- 「Deep Learning基礎講座」,「深層生成モデル」,「世界モデルと知能」などの講義担当
- 「深層学習」「強化学習」の監訳(翻訳取りまとめ)・分担翻訳
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前編記事では、松尾研が研究を推進する「世界モデル」についてお伝えします。
ぜひ併せてお読みください。
◆ 「世界モデル」とは何か? 知能の実現に向けて、松尾研が研究を推進する理由。(前編)
★松尾研の特任研究員・特任助教・特任講師の募集はこちら
★【松尾研特別企画】「世界モデルの全貌と応用可能性」(2022年12月13日(火) 開催)に鈴木雅大が登壇します。詳細はこちら